東北旅行記
1. 運転免許合宿編(9/11~9/24)
山形県鶴岡市にあるSDA鶴岡という合宿所に行きました。
1-1. 東京~鶴岡移動(9/11)
1300に鶴岡駅に到着しなければいけなかったので、東京~新潟(上越新幹線)、新潟~鶴岡(特急いなほ)というルートで向かいました。※新潟に1時間弱滞在しました。
1-1-1. 新潟駅
↓そこそこ大きな駅でした(鹿児島中央より大きい…)


↓近くを散策してみたところ、東大通がありました。とうだいどおり


↓ロシア語の表記を発見。

1-1-2. 特急いなほ
↓ いなほ号の車体と座席の写真。チケットホルダーがついてるの初めて見ました…


↓ 新潟を出てすぐに車窓から見える阿賀野川(左写真)。さらに進んで新潟北部では、日本海の眺めがよかったです(右写真)(海沿いをしばらく走ってました)


↓ 13時前に鶴岡に到着です! 隣のホームには羽越本線の普通列車がいました。


↓鶴岡駅舎。

1-2. SDA鶴岡にて
SDA鶴岡という運転免許合宿所で、およそ2週間を過ごしました。教習所内に男子寮が併設されている珍しい合宿所です(授業をうける教室のとなりの教室を改造して寮にしていました。空きコマに帰寮できます)。
寮の清潔感は皆無です(ベッド下の大量のごみ、何週間も洗われておらず異臭を放つカップ麺作りかけの鍋、ぽつんとソファーに放置される靴下、深夜のトイレに現れる巨大な虫とクモ…)が、それ以外の点については悪くない合宿所だったと思います。
1-2-1. いんたーなしょなるな合宿施設?
↓合宿施設のいたるところに、トルコ語の表記が見られました。※トルコ人には英語が通じないため職員が細かいことに対応できず、たくさん張り紙をしているみたいです。


↓ウルドゥー語も発見。※パキスタン人とは英語で意思疎通できました。

(いまどきはどこの免許合宿所でもそうなんでしょうけども)外国人の出稼ぎ労働者が免許を取りにやってくるため、このような多言語表記がされています(ここの合宿所ではトルコとパキスタンが多いみたいです)。わたしが合宿所にいた期間は、中国人が1人と、ミャンマー人が1人と、パキスタン人が4人ほど合宿していました。
1-2-2. 鶴岡の街並み
↓スーパーのおさかなコーナー。左から、みずがれい;海ぶどう;あら です。
・なんで海ぶどうが山形でとれるんですか??
・「アラ」はわたしたち九州人にとってはクエを指す言葉なので、すこし違和感を覚えたり。



↓雪国ってほんとに信号が縦で消火栓が地上に出てるんだー(小並)


↓商店街。多くはたぶん閉まっている店でした。

↓day54で登場した古本屋とはんこ屋さん。


1-2-3. @羽黒さん
day53にも少し書きましたね。山頂が大きな神社になっている山です。古くから信仰を集めてきた出羽三山の末っ子(身長が一番低い)(現世担当)でして、登山目的というより参拝目的の山です。インバウンド客も多く、結構にぎわっていました。さすがお嫁にしたい艦No.1!
鶴岡駅付近から羽黒山登山口まで、バスで40分ほどでした。道中の田んぼには、庄内平野のコメがよく実っていました。

↓登山口はこんな感じで、鳥居をくぐって山に入ります。
※ちなみに山頂までバスが出ているので、参拝だけが目的ならわざわざ登山する必要はありません。

そこから1時間弱、針葉樹林の中に敷かれた石段をてくてく登っていきました(結構急な場所もありました)。



↓大きなスギや五重塔(室町時代のもの)などの見どころも。


↓賀茂神社じゃないのに「斎院」を名乗っていた建物。巫女さんの住んでいた場所かしら。静かな雰囲気でした。

山頂には出羽神社(出羽三山の神社)と付随するいくつかの神社がありました。
参拝後、お土産に羽黒山手ぬぐいを買いました。
↓帰りのバスの車窓風景。きれい。


2. 鶴岡~仙台(9/24)
24日の午前に卒業試験が終わった後、山形からこのまま帰るのももったいないなぁと思い、ノリと勢いで東北を3日ほど旅することにしました。なにせ、人生で東北来たことないんですよ。
とりあえず、この日は東北の都である仙台へ向かうことにしました。
2-1. 鶴岡~山形
まずは鶴岡から山形まで高速バスを使いました。鉄道だとちょっと行きづらいんですよね。
↓山形駅に1630ごろ到着。鹿児島と同じくらいの規模感…

2-2. 山形~北山形
山形~仙台のバスは遅い時間まであったので、余裕をこいて山形駅を散歩してみました。
そして山形駅から出る鉄道路線を見てみたところ、「左沢線」(あてらざわせん)というとんでもない読み方の路線を発見。1駅だけ乗るかぁと思って、左沢線の車両で北山形駅まで(左沢線自体は北山形が起点らしいので、厳密な意味では左沢線に乗車したわけではないのですよね)。
↓こんな感じの青い車両でした。

↓夕暮れ時はちょっときれい…。


↑右写真のように山形新幹線がふつうに在来線の線路を走っておりました(この新幹線の色使い好き)。
↓下の写真のように、ホームの左右でちゃんと線路幅が違ってましたね。


2-3. 北山形~仙台
仙台行きのバスに乗るためにまた山形駅に戻ろうかなと思ったところ、北山形からも仙山線という鉄道路線で仙台に行けることが判明。ここは鉄道通ってるんだ。お値段もバスより70円高いだけだったので、乗ってみることにしました。
↓こんな感じの緑の列車でした。ぶれてるのは申し訳ないです…。

有識者からは「途中の作並駅で北朝鮮っぽい看板が見られる」との話を聞きましたが、あいにく夜間だったので、その看板は見られませんでした。ざんねん。
2-4. @仙台
↓なんやかんやで1930ごろに仙台駅に到着。仙台駅周辺は東京並みのガチ都会でびっくりしました。都会は人間(特に若者)の見た目が違いますよね。髪染めてる人とかピアスしてる人とか…。

ともあれ仙台駅で東北大学の友人と合流し、ご飯を食べたり、国分町(≒東京の歌舞伎町)を恐る恐る通り抜けたりしました。メイドさんの客引きしか知らないから、国分町でごつい兄ちゃんに客引きされてめっちゃ怖かった……。
しばらく仙台駅から離れた方向に歩くと、唐突に人通りが少なくなりました。お友達曰く、仙台は全部都会というわけじゃなくて、仙台駅の周りだけ異常に都会だということらしいです。
ともあれその日は快活CLUBに宿泊して終了です。ネカフェ、高くても2500円程度でいろんなサービスがついてくるのすごい…
3. 仙台~盛岡(9/25)
東北大の友人曰く、仙台駅周辺は都会すぎて観光地はないとのことだったので、この日は朝すぐに仙台を出発しました。
3-1. 仙台~北上
東北新幹線の見た目が好きなので、ちょっと高いけれど少しだけ乗ってみることにしました(人生初)。
1時間ほど東北新幹線(はやぶさ)で北上して、北上に到着。もうすこし北上したほうがよかったのに北上で降りた理由はお察しください。


P.S. 通常はやぶさ・こまちは全席指定ですが、盛岡~仙台の区間を「はやぶさ」で乗車するときは、自由席でも乗れるみたいです(裏技)。知らずに損した…。
P.S. 2 東北新幹線は車内販売が現存していました。
3-2. @北上様
北上市は今は岩手第二の都市となり、工業で栄えているみたいですね(広告の大半がものづくり系でした)。さすが北上様!
北上駅の東口から5分ほど歩くと、念願の北上川が見えてきました。春には桜で綺麗だそうです。
この日は雨で寒かった…。


↓北上のマンホール(左)/ 駅の壁画(右)


↓北上駅西口のロータリー(左)/ 北上駅構内の蕎麦屋の山菜そば(右)


3-3. 北上~花巻
北上からさらに北上します。車内で地図をいろいろ見た結果、釜石線沿いにある遠野駅に向かうことに決定。
とりあえず、東北本線を使って花巻駅へ(釜石線が出る駅)。
↓北上駅にて。いい感じに無骨な列車。

↓花巻駅ホームにて。東北地方では鹿踊というのが各地でみられるようです。


↓花巻駅舎。

花巻駅のすぐ近くには観光スポットがなかったうえ、雨だったということもあり、駅周辺の散策は断念しました。
花巻駅の待合室は宮沢賢治を意識してつくられた木造風建築でおしゃれでした。なぞにeduroam(教育機関用のwifi)が繋がるのも最高。
3-4. 花巻~遠野
↓花巻駅から、釜石線の快速はまゆりに乗車です。「快速」なのに指定席があってびっくり。

列車に揺られ森の中を通り抜け、いざ遠野へ。遠野は遠野幻想物語を読んだ中2のころから行きたかったのです。今となっては序文以外の内容はほぼ覚えてないけど (遠野物語は中2の古文習いたての時期にちょうどよかった)
↓釜石線の駅には、それぞれエスペラント語での愛称がついていました。




約1時間後、遠野駅に到着です。


3-5. @遠野
↓遠野駅舎

(↓左)排水溝 /(↓右)小川 風情がありますなぁ


↓まず、とおの物語の館に向かいました(左写真)。遠野の民話にかかわる体験型展示のほか、高齢の語り部さんから民話を聞いたりできました。
↓とおの物語の館に併設されていた、柳田國男の隠居所などの遠野物語にまつわる建物(右写真)。※隠居所は東京から建物ごと移されたようです。


この施設や他の遠野の店で、遠野のおばあちゃんたちの方言を聞いたのですが、4割くらい理解できませんでした(泣)。変なところに濁点がついたり、謎の語尾があったり(~けろ;~っこ;~ずもな)するのはまだいいとして、イ段の音がウ段の音になる(しかる(叱る)→すかる;うつくしい→うつくす;むかし→むかす)のはきついっす。まぁ単語が違うとほんとにどうしようもないけどね。
その後、遠野市立博物館へ。こちらは遠野物語に加え、遠野という町の歴史についての展示もありました。遠野って(昔は)岩手第二の都市だったんですね。遠野物語のイメージのせいで秘境の村というイメージがあったのですが、逆でした。むしろ交通の要衝として発展したからこそ、各地の民話が集まってきたわけで。
↓やっぱり鹿踊の像。

さてこうした施設で、遠野物語や遠野の民話をいろいろ聞いたのですが、結構怖くないですかね。「妖怪のこわさ」というより、「人間のこわさ」が感じられた気がしました。
<遠野の河童の話>
遠野には「カッパ淵」という観光名所があり、「カッパ捕獲許可証」が販売されるなど、わりとユーモラスなイメージのカッパで町おこしをしているんですね。でも実態は違うみたいです。
まずそもそも、遠野の河童は緑色じゃないです。赤色です。「とおの物語の館」の展示を見ると、伝説では「猿→妖怪→河童→座敷童」という風に進化するらしいので、サルだから赤いのかなぁと思いましたが、そうでもないっぽいです。
数か所で遠野のおばあちゃんに尋ねてみたところ、概ね次のような答えが返ってきました。
「遠野は寒くて、昔から飢饉が多かった。それで口減らし・間引きが行われたが、赤ちゃんの死体を墓に埋めることはできず、こっそり川に流した。そのうち下流で岸に死体が引っ掛かり、川に来た人がその赤子の死体を見て、河童と勘違いしたから赤いのだ」
とのことです。座敷わらしも、間引きで殺されて土間などにこっそり埋めた赤子の霊などという話があり、河童と通じるものがありますね。

河童にせよなんにせよ、山間部の厳しい暮らしがもとになったお話ばかりでした。そりゃあ平地人は戦慄しますわい。
遠野市立博物館を出ても次の列車までまだ時間があったので、もう少し散策することにしました。
(↓左)NTTの遠野電波塔。なんか異質…。
(↓右)遠野高校。建物のデザインがよかったです。


歩いていくと、愛宕神社と卯子酉(うねどり)神社という神社に遭遇。
愛宕神社は愛宕山(全国各地に「愛宕山」はあるみたい)の山中にあったので断念しましたが、卯子酉神社は山のふもと(道路沿い)にあったのでお参りしました。

卯子酉神社については語り部さんからさっきお話を聞いたことを思い出しました。
<卯子酉神社の物語>
昔、遠野のあたりは沼がたくさんあったそうだ。そして、ある沼の主(神様)が、人間の娘に恋をした。神は蛇を使者として、娘の家に遣わした。ところが、その蛇は娘の父に殺されてしまう。その後、父は蛇が神の使いだったことを知り、卯子酉神社を建立して必死に沼の神をなだめる。
しかしそのうちに娘は死んでしまい、父は死体をその沼の淵に埋めた。その翌朝、父は埋葬場所を掘り返したが、娘の遺体はなかった。
結局沼の主の片想いで終わってしまったため、その沼では片葉の葦が生えるのだという。
このようにわたしが聞いた伝説では、卯子酉神社は神様の「叶わぬ片想い」を鎮めるための神社でした。
ところがいつの間にか、この神社で「片想いが成就する」という伝説も交じってきたようで、「(伝説では片想いの怨念を表すはずの) 片葉の葦に願文を括り付けると縁が結ばれる」というストーリーになり(「遠野物語拾遺」でも縁結びの神社となっています)、いまではすっかり「恋愛成就の神社」扱いです。「赤い布を左手(「利き手の反対」という文献も)で結ぶと恋愛がうまくいく」というエピソードもついています。
いったい何が正しいのかわからなかったですが、とりあえずわたしもお参りをして赤い布を左手で結び付け、どのような未来が待っているのか神に託すことにしました。
↓参拝を終えて出てくると、雲がかなり下まで降りてきており、なかなか神秘的な光景になっていました。


↓マヨイガの郷。ここの店主のおばあちゃんから昔話を少し聞いて、赤い河童グッズを買いました。

(↓左)遠野のシイタケ。周りが森ですから、昔から多く栽培されてるようです。
(↓右)遠野の書店。三月精&茨歌仙があるのはさすがですね!


↓遠野駅前のカッパたち。左は銅像で、夜なので見づらいですが赤みがかった色でした。右は緑色だけど…。


3-6. 遠野~盛岡
↓1900ごろ、また釜石線に乗って遠野駅を出発。花巻経由でさらに北上し、盛岡へ向かいます。


↓夜9時ごろ、盛岡駅に到着。

↓盛岡の方言ロッカー。


盛岡駅近くの快活CLUBが満席だったので、仕方なく一駅離れたところにある快活CLUBを使うことに。
第三セクターのIGRいわて銀河鉄道に乗って、隣の青山駅まで。


きっぷに「銀河鉄道」って書いてるハンコが押されました。いいね。


青山駅近くの快活CLUBはマンガがたくさんあってよき。
Q: ここまでで「北上」を「ほくじょう」と読むのは何個あったかな?
4. 盛岡~青森(9/26)
どうせならこのまま東北5県(福島除く東北すべて)行っちゃうかーって思って、秋田県に一部入る(大館経由)形で青森行きを決定。
4-1. 盛岡~大館
とりあえず、いったん青山駅から盛岡駅まで戻りました。
※青山駅からそのまま銀河鉄道に乗って、花輪線を経由して大館方面へ向かう手もありましたが、時間が合わずに断念。
↓朝の盛岡駅

そして盛岡駅から大館駅まで、バス「特急みちのく」に数時間乗車しました。
↓途中に岩手山が見えました

4-2. @大館
↓大館駅。新しいですね。

駅のすぐそばに「秋田犬の里」があったので、電車が来るまでちょっと見学。秋田犬って大きくない??


↓ザギトワ選手のサイン。

4-3. 大館~弘前
奥羽本線を用いて、大館から弘前へ。

約1時間ほどで弘前駅に到着(左写真)。かわいらしい列車も見えました(右写真)。案内表示を見る限り、弘南鉄道っていう路線なのかな?


4-4. @弘前
4-4-1. 弘前駅
弘前では「ねぶた」じゃなくて「ねぷた」なんですね。



↓リンゴ自販機

4-4-2. 弘前の街並み
↓プロムナード的なもの。弘前はおしゃれな街ですね。

↓桜ミク記念館&ミュージアムショップに遭遇。弘前ではいろんなところに桜ミクのポスター貼ってありました。このあたりから、少しずつ不穏な気配が…。


↓工事中の看板にイラスト描かれてるの初めて見た


↓陸自の車両が広場に集まっていました。どうやらパレードの前日だったようです。
会えただけうれしいですね。


↑なんだよアニメ教室って…。
↓弘前でコスプレ大会やってるのか…しかも第8回⁉(困惑)

4-4-3. 弘前城
↓堀。お魚は見えませんでした。


↓立派な木造の門です。


↓天守の石垣が崩れそうということで補修中でした。

↓工事中、天守は土台から切り離され、数十メートル離れたところに移設されていました。櫓かなってくらい小さくてかわいい天守ですね。
※奥に見えるのが岩木山です。

↓天守からの岩木山。

↓どうやら岩木山の一つの峰は「鳥海山」というらしくてびっくり。
※鳥海さんの由来になったほう(有名なほう)の鳥海山は秋田・山形国境ですね。


花と岩木山(↓左)/ ダイポールアンテナ(?)と岩木山(↓右)


↓鬼滅って弘前と関係あるの??(左)/弘前城でもやっぱ桜ミクちゃん(右)


↓津軽為信の銅像。

4-5. 弘前~青森
引き続き奥羽本線で、旅の終着駅の青森へ。

↓岩木山に沈む太陽

八甲田山も見えましたが、写真撮り忘れました()
新青森駅に着くと、どこか妙に親近感を覚える人々がたくさん、スーツケースをもって乗ってきました。彼らは青森で降りると、駅の広告をパシャパシャ撮影していました。
何を撮っているのだろーか、鉄道の広告かしら、と思ってみてみると、翌日のアイマスライブ(青森開催)に合わせたファン広告でした。(わたしはプロデューサーではないのでアイマスにライブが存在することすら知らなかった…。とりあえず広告は撮ってみたものの、キャラクターも全然知らないです ごめんなさい…)


東京でも見たことないのに、アイマスのファン広告を青森で見るとは…。
ところここに至って、わたしは昨日の卯子酉神社での霊験を意識するようになりました(←!?)。青森までやってきて、街を埋め尽くす桜ミクやらアイマス広告に出会うなんて、まさかあの神様が二次元と縁結びをしてくれたのではないかと。
よく考えてもみてください。伝説では、異界に住む沼の神が現世に住む人間の娘に、次元をまたいだ片想いをしているわけであります。次元を超えた縁結び(あと、三次元から二次元の恋は片想いにならざるを得ませんね)というのは、まったくもって自然な話です。
4-6. 青森
夜も6時、雨の降りしきる中、青森駅に降り立ちました。駅前もそれなりににぎわっていました。



駅前商店街を散歩した後、アスパム青森(↑)という商業施設でお土産を買う頃には、もう19時近く。そろそろ、東京に向かう高速バスが出発する時間です(先ほどの電車内で予約していました)。
最後に港の夜景を見るかぁと思って、少し歩いて岸辺でパシャパシャ写真を撮りました。

↑右の船は青函連絡船の八甲田丸です。ミュージアムにもなってるっぽい。

こんな風に夜景をとっていると、上写真の奥に光るオレンジ色の明かりの列に違和感を覚えました。雨が降る暗闇の中でしたが、一瞬、護衛艦の姿が見えたような気がしたのです。
時計を見ると、もうそろそろバス乗り場に向かわなければならない時間。
されど、あのオレンジ色の光(+艦橋についてそうな赤色の光)の正体を確かめたい気になり、スーツケースを持ったまま全速力で桟橋を駆けぬけます。
……
結果は予想通り、護衛艦でした。

青森港に寄港してしかも電灯装飾までしてるなんてお祭りでもあるのかしら、と思って調べたところ、どうやらこれも翌日からSea級グルメ全国大会というお祭りがあって、それに合わせた護衛艦一般公開のために寄港しているとのこと。
肝心の艦名は「ゆうべつ」(←湧別川)でした。聞きなれないなぁと思って調べたら、最近大湊に配属されたもがみ型の8番艦とのことでした。あと、帝国海軍の艦の転生先ではないみたいです。どおりで知らないわけだ
せっかくなら「ゆう」違いで夕立ちゃんの転生先に会いたかったっぽいけど、予感が当たって満足っぽい? これもやっぱり卯子酉神社のご縁っぽい?
これくしょん:羽黒・北上・(阿賀野←通り過ぎただけ)(陸奥←陸奥国…)・(愛宕・鳥海←山名だけ同じ別の山(もう違うじゃん))
あっ…最上忘れた!
ロシア語
Некрасов(ネクラーソフ)で≪Внимая ужасам войны(戦争の恐怖を聞きながら)≫。1855年
То слёзы бедных матерей!
То:ここではэтоみたいなもんだと思っていいのかな
бедный:貧しい
матерей:матьは活用すると、辞書形がматерьであるかのように活用
То <есть> слёзы 〈бедных матерей〉!
それは貧しい母たちの涙だ!
英語
テキスト:19世紀末期のイギリスのSF小説『宇宙戦争』(The War of the Worlds)(H. G. Wells )https://www.gutenberg.org/files/36/36-h/36-h.htm#chap27
もし最初から読みたい人はこちら!→https://studyray.site/the_war_of_the_worlds_1-1/
今回は第10章14回(通算576話目)(延長放送18回)です。
問題編
It may be that across the immensity of space the Martians have watched the fate of these pioneers of theirs and learned their lesson, and that on the planet Venus they have found a securer settlement.
オレンジのthatがつなぐもの
解答編
It may be [that (across the immensity of space) the Martians have watched the fate of these pioneers of theirs and learned their lesson], and [that (on the planet Venus) they have found a securer settlement].
2つのthat。it is thatってちょっと訳しづらい?
全訳
遥かなる宇宙の向こうから、火星人は自分らの(地球に派遣した)先遣隊の運命を見届けて教訓を得たのかもしれない。そして金星では、もっと確実に橋頭保を確保したのかもしれない。
英語延長放送
ごめんなさい延長放送1回入れさせてください
テキスト:19世紀末期のイギリスのSF小説『宇宙戦争』(The War of the Worlds)(H. G. Wells )https://www.gutenberg.org/files/36/36-h/36-h.htm#chap27
もし最初から読みたい人はこちら!→https://studyray.site/the_war_of_the_worlds_1-1/
今回は第10章15回(通算577話目)(延長放送19回)です。
問題編
( ) that as it may, for many years yet there will certainly be no relaxation of the eager scrutiny* of the Martian disk, and those fiery darts of the sky, the shooting stars, will bring with them as they fall an unavoidable apprehension to all the sons of men.
scrutiny:精密な調査
かっこの中に適切なbe動詞の形を入れよう
解答編
(Be that as it may), (for many years yet) there will (certainly) be no relaxation of the eager scrutiny* of the Martian disk, // and those fiery darts of the sky, 《the shooting stars》, will bring (with them) 【as they fall】 an unavoidable apprehension (to all the sons of men).
形容詞+as SV(譲歩)と同様に、動詞原型+ as SVの形もとれるよね
Be that as it mayは「とにかく」「いずれにせよ」と熟語化してる
全訳
とにかく、これから何年もの間、火星の表面の熱心な調査を緩めることなど絶対ありえないだろう。もし空に例の火の矢(流れ星)が走れば、全人類に避けられない不安がもたらされることになるだろう。


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